デイサービスの送迎車を運転して、四年になる。
朝、七時五十分に事業所を出て、五人を順番に拾って、九時に戻る。午後は逆回り。それを週五日。
利用者さんの名前と家と、玄関の段差の高さは、全部覚えている。運転手はそういうものだ。
松田さんは、団地の三号棟の一階で、ひとりで暮らしている。八十六歳。
松田さんは、いつも玄関の外に立って待っている。
八時二十分に車を着けると、もう立っている。杖を持って、鞄を肩にかけて、帽子をかぶって。冬でも立っている。「中で待っててください」と何度言っても、「外の空気を吸っとる」と言って、立っている。
私が車を降りて、鞄を預かって、手を貸して乗ってもらう。乗ったら「よろしく」と言う。それが四年間、毎回だった。
今朝、松田さんは、いなかった。
玄関の前に、誰もいなかった。
私はまず、時計を見た。八時二十一分。遅れてはいない。
車を降りて、玄関のチャイムを押した。返事がなかった。もう一度押した。
ドアに耳をつけた。テレビの音がした。
私は事業所に電話した。事業所が、松田さんの娘さんに電話した。娘さんは隣の市にいて、鍵を持っている。三十分かかると言った。
私は車に、ほかの四人を乗せていた。
先に事業所に送って、戻ってきます、と言った。
四人を降ろして、戻ってきたら、娘さんの車が停まっていた。
玄関が開いていて、中から声がした。娘さんの声と、それから、松田さんの声だった。
松田さんは、居間で、椅子に座っていた。
テレビがついていた。
「起きたら九時やった」と松田さんは言った。「目覚ましが鳴らんかった」
目覚ましは、鳴っていた。娘さんが確認したら、鳴っていた。松田さんが、気づかなかったのだ。
娘さんは何も言わなかった。私も何も言わなかった。
松田さんは、帽子をかぶって、鞄を肩にかけて、杖を持って、私の車に乗った。
「よろしく」
と言った。
その日の帰り、松田さんは車の中で、私に聞いた。
「あんた、今朝、何回押した」
「二回です」
「そうか」
それだけだった。
次の日の朝、松田さんは玄関の外に立っていた。八時二十分。杖と鞄と帽子。
私は車を降りて、鞄を預かった。
松田さんは何も言わなかった。私も言わなかった。
ただ、その日から松田さんは、玄関の鍵を、閉めなくなった。
娘さんに、私はそれを言っていない。
言うべきなのかもしれない。でも、まだ言っていない。