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第1話 / 全1話

給食の牛乳

人生図書館 · 1,091字 · 約2分

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 小学四年のとき、同じ班に仲村さんという子がいた。

 仲村さんは、給食の牛乳を飲まなかった。

 飲まないで、ランドセルの横のポケットに入れて持って帰る。紙パックだから、つぶれないように、体操着の袋で挟むようにして。

 最初に気づいたのは私で、私はそれを、隣の席の男子に言った。「仲村さん、牛乳持って帰ってる」と。

 男子は「へえ」と言って、それで終わりだった。私はもっと何かが起きると思っていたので、少し拍子抜けした。

 担任は木下先生という、四十くらいの女の先生だった。

 木下先生は、仲村さんが牛乳をポケットに入れるのを、見ていた。

 見ていて、何も言わなかった。

 給食の時間、先生はいつも教室を一周する。仲村さんの席の前を通るとき、先生は少しだけ歩くのを遅くして、それから何も言わずに次の班に行った。

 あれは、見なかったことにしていたのではなくて、見ていた、のだと思う。今ならわかる。当時はわからなかった。

 一度だけ、仲村さんの家に行ったことがある。

 班の課題で、模造紙に町の地図を描く宿題があって、誰かの家に集まることになった。仲村さんが「うちでいいよ」と言った。

 団地の四階だった。エレベーターはなかった。

 部屋には、テレビと、こたつと、小さい冷蔵庫があった。冷蔵庫の上に、給食の牛乳が三本並んでいた。

 仲村さんのお母さんは仕事で、いなかった。代わりに、小さい弟が二人いて、私たちが模造紙を広げると、その端に座って、ずっと見ていた。

 仲村さんは、模造紙の隅に、団地の絵を描いた。四角い建物に、窓を全部描いて、四階の一つだけ、窓を黄色く塗った。

「これ、うち」

 と言った。

 帰るとき、仲村さんは冷蔵庫から牛乳を一本出して、弟に渡した。弟は、紙パックの角を噛んで開けようとして、仲村さんに「ちがう」と怒られていた。

 私はそのことを、家に帰って、母に言わなかった。

 言わなかった理由は、うまく説明できない。言ってはいけない気がした、というのが一番近い。仲村さんが牛乳を持って帰ることは、仲村さんのものだった。私が持ち出していいものではなかった。

 仲村さんは五年生になる前に転校した。

 どこへ行ったのかは、知らない。

 三十年たって、私は自分の子どもの給食費を、口座振替で払っている。

 月に四千五百円。引き落とされたことに、たぶん気づいていない月もある。

 給食の牛乳は今も紙パックで、うちの子はたまに「牛乳、余ってたからもらってきた」と言って、ランドセルから出す。

 私はそれを冷蔵庫に入れながら、四階の、黄色く塗られた窓のことを思い出す。

 思い出して、それだけだ。何かをしたわけではない。

 ただ、あの牛乳三本の並んだ冷蔵庫の上を、私はたぶん一生忘れない。

この作品はここで完結です。

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