うちのスーパーは、金曜日の夜に卵が安い。
十個入りが百二十八円。妻はそれを知っていて、私は知らなかった。結婚して六年、買い物はだいたい妻がしていた。
私が行くようになったのは、去年の秋からだ。妻が病院に通い始めて、金曜日が注射の日になった。注射の日は、妻は帰ってきてすぐ横になる。だから私が、会社の帰りにスーパーに寄る。
最初のころは、卵を買い忘れた。妻は何も言わなかった。二回目も忘れた。三回目に、妻が言った。
「金曜、卵安いよ」
「え」
「百二十八円」
「そうなの」
「六年間言わなかったけど」
妻は笑っていた。少し疲れた顔で。
不妊治療というものは、テレビで見ていたのと違って、ずいぶん地味だった。
妻は毎朝体温を測る。私は毎晩、検査結果の紙を見る。何も書いていない紙もある。数字だけの紙もある。医者は「今回は」と言い、妻は「そう」と言い、私は「うん」と言う。それを一か月に一回、繰り返す。
治療の費用は、卵が何百個買えるかわからないくらいだった。私はそれを計算しようとして、やめた。計算しても、何も変わらない。
変わったのは、私が卵の値段を知ったこと。
それと、レジの人の顔を覚えたこと。金曜の夜は、いつも同じ人だった。六十代くらいの女の人で、レジ袋を「いりますか」と聞く声が低い。私はいつも「いりません」と答えて、リュックに卵を入れる。割らないように、一番上に。
春に、妻が言った。
「一回、やめようか」
私は卵を冷蔵庫に入れているところだった。
「……うん」
「お金のことじゃなくて」
「わかってる」
「お金のことも、ちょっとあるけど」
「うん」
妻は台所のテーブルで、麦茶を飲んでいた。私は冷蔵庫を閉めて、その向かいに座った。
何か言うべきだった。でも、六年も一緒にいて、私は妻に言うべきことを、いつも見つけられない。見つけられないまま、六年たった。
「卵、買ってきた」
と、私は言った。
妻は麦茶を飲んで、
「知ってる。見てた」
と言った。
「金曜だから」
「うん」
「百二十八円」
「うん」
それで、その夜は終わった。
翌週の金曜も、私はスーパーに行った。注射の日ではなくなっていたけれど、行った。レジの人が「いりますか」と言い、私が「いりません」と言った。
家に帰ると、妻が起きていて、卵焼きを作っていた。
二人分だった。
それ以上でも、それ以下でもなかった。