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第1話 / 全1話

ホームの反対側

人生図書館 · 845字 · 約2分

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 別れ話は、駅前の喫茶店でした。

 彼女が「もう無理だと思う」と言って、私が「うん」と言った。三年付き合って、終わりは十五分だった。

 喫茶店を出て、駅に入って、改札を通って、彼女は上りのホームに、私は下りのホームに行った。

 家が反対方向だった。三年間、いつもそうだった。

 線路をはさんで、彼女が向こうに立っているのが見えた。

 彼女は、こちらを見なかった。

 スマホを見ていた。見ているふりをしていたのかもしれない。

 電光掲示板に、上りが二分後、と出ていた。

 二分。

 私は、言うべきことがあった。

 喫茶店で言えなかったこと。「うん」以外のこと。

 声を出せば、届く距離だった。線路の幅は、十メートルもない。

 でも、ホームには他に人がいた。サラリーマンが二人と、学生が一人。

 私は口を開けて、閉じた。

 彼女は、スマホを見ていた。

 あと一分。

 三年間で、彼女は私に、いろいろなことを言った。私はそれに、だいたい「うん」と答えた。

 「うん」は便利だった。同意にも、聞き流しにも、使えた。

 彼女が「もう無理だと思う」と言ったとき、私は「うん」と言った。

 あれは、同意だったのか、聞き流しだったのか。

 自分でもわからない。わからないまま「うん」と言ってしまう、それが、たぶん、無理だった理由だ。

 上りの電車が入ってきた。

 彼女の姿が、車両に隠れた。

 電車が止まって、ドアが開いて、彼女が乗った。乗ったのは、見えなかった。ドアが閉まって、電車が出て、向こうのホームには、誰もいなかった。

 私は、言わなかった。

 何を言うつもりだったのかも、正直、今はもうはっきりしない。ありがとう、だったのか。ごめん、だったのか。行かないで、だったのか。

 たぶん、その全部で、だから一つに絞れなくて、言えなかった。

 下りの電車が来て、私は乗った。

 窓の外に、さっきまで彼女がいたホームが流れて、消えた。

 あれから七年になる。

 彼女がどこで何をしているのか、知らない。

 私は今も、あの駅を通る。

 通るたびに、上りのホームを見る。誰もいない。

 二分のあいだに言えなかった一言を、私はまだ、探している。

この作品はここで完結です。

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