別れ話は、駅前の喫茶店でした。
彼女が「もう無理だと思う」と言って、私が「うん」と言った。三年付き合って、終わりは十五分だった。
喫茶店を出て、駅に入って、改札を通って、彼女は上りのホームに、私は下りのホームに行った。
家が反対方向だった。三年間、いつもそうだった。
線路をはさんで、彼女が向こうに立っているのが見えた。
彼女は、こちらを見なかった。
スマホを見ていた。見ているふりをしていたのかもしれない。
電光掲示板に、上りが二分後、と出ていた。
二分。
私は、言うべきことがあった。
喫茶店で言えなかったこと。「うん」以外のこと。
声を出せば、届く距離だった。線路の幅は、十メートルもない。
でも、ホームには他に人がいた。サラリーマンが二人と、学生が一人。
私は口を開けて、閉じた。
彼女は、スマホを見ていた。
あと一分。
三年間で、彼女は私に、いろいろなことを言った。私はそれに、だいたい「うん」と答えた。
「うん」は便利だった。同意にも、聞き流しにも、使えた。
彼女が「もう無理だと思う」と言ったとき、私は「うん」と言った。
あれは、同意だったのか、聞き流しだったのか。
自分でもわからない。わからないまま「うん」と言ってしまう、それが、たぶん、無理だった理由だ。
上りの電車が入ってきた。
彼女の姿が、車両に隠れた。
電車が止まって、ドアが開いて、彼女が乗った。乗ったのは、見えなかった。ドアが閉まって、電車が出て、向こうのホームには、誰もいなかった。
私は、言わなかった。
何を言うつもりだったのかも、正直、今はもうはっきりしない。ありがとう、だったのか。ごめん、だったのか。行かないで、だったのか。
たぶん、その全部で、だから一つに絞れなくて、言えなかった。
下りの電車が来て、私は乗った。
窓の外に、さっきまで彼女がいたホームが流れて、消えた。
あれから七年になる。
彼女がどこで何をしているのか、知らない。
私は今も、あの駅を通る。
通るたびに、上りのホームを見る。誰もいない。
二分のあいだに言えなかった一言を、私はまだ、探している。