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第1話 / 全1話

夏休みの図書室

人生図書館 · 870字 · 約2分

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 中三の五月から、教室に行けなくなった。

 理由は、いくつかあって、ひとつに絞れない。絞れないから、誰にも説明できなかった。母には「体がだるい」と言った。それは嘘ではなかった。

 図書室に行けるようになったのは、夏休みの補習期間だった。

 母が学校に相談して、「図書室なら」ということになった。教室じゃなくて、図書室。なぜ図書室ならいいのか、私にはよくわからなかったけれど、行ってみたら、行けた。

 図書室は校舎の一番端で、廊下を通らずに外階段から入れた。

 司書の先生は、桐生(きりゅう)先生といった。

 五十くらいの女の人で、髪を後ろでひとつに結んでいた。

 初日、私が入っていくと、先生は「おはよう」と言って、それだけだった。名前も聞かなかった。もう知っていたのだと思う。

 私はカウンターから一番遠い席に座って、本を読むふりをした。読んでいなかった。文字が入ってこなかった。

 三日目に、先生が言った。

「これ、手伝ってくれる?」

 返却された本の山だった。分類番号を見て、棚に戻す。

 私は、やった。

 やることがあると、時間が過ぎた。

 夏休みのあいだ、私は毎日図書室に行った。

 先生は、私に「なんで来られないの」とは、一度も聞かなかった。

 かわりに、本の話をした。「この本、返ってくると必ず角が折れてるのよ」とか、「この作家は最初の三十ページを我慢すると面白いわよ」とか。

 私は少しずつ、返事をするようになった。

 八月の終わりに、先生が言った。

「九月から、どうするの」

「……わかりません」

「そう」

 先生はそれ以上、言わなかった。

「図書室は、開いてるから」

 それだけだった。

 九月、私は教室に戻れなかった。

 図書室には行った。

 十月も、十一月も。

 二学期の終わりに、一時間だけ教室に入った。三学期には、週に二日。卒業式は、出た。

 桐生先生は、卒業式の日、体育館の後ろに立っていた。私を見て、少し頷いた。

 私も頷いた。

 それだけだった。

 私は今、司書をしている。

 高校の図書室で、返却された本を棚に戻している。

 教室に来られない子が、たまに図書室に来る。

 私は、なんで、とは聞かない。

「これ、手伝ってくれる?」

 と言う。

この作品はここで完結です。

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