辞めます、と言ったとき、監督は何も聞かなかった。
「そうか」とだけ言って、書類を出してきた。退部届。こんなものがあるのを、僕は初めて知った。
部室の前で、一年のときからの同期に会った。彼は僕を見て、一瞬だけ足を止めて、それから「お疲れ」と言った。それだけだった。
僕は、何かを期待していたのだと思う。引き止められることか、理由を聞かれることか、あるいは責められることか。何もなかった。
それから僕は、放課後になると校舎の裏の非常階段に座るようになった。
三階の踊り場からは、グラウンドが見える。走っているやつらが、豆粒みたいに見える。
なんでそこに座っていたのか、自分でもよく分からない。家に帰りたくなかったのは確かだ。でもそれだけじゃなかった。
三崎が来たのは、辞めて二週間くらい経った日だった。
同じ部の、僕より速いやつだった。県大会で決勝に残ったこともある。
「なにしてんの」
「べつに」
「ふうん」
三崎は僕の隣に座った。練習着のままで、まだ息が上がっていた。
「サボり?」
「休憩」
「休憩って」
三崎はそれ以上何も言わずに、グラウンドを見ていた。僕も見ていた。五時のチャイムが鳴って、三崎は立ち上がって、行った。
次の日も、三崎は来た。
その次の日も。
理由は聞かなかった。僕も聞かなかった。ただ三崎は、毎日十分くらい僕の隣に座って、グラウンドを見て、チャイムが鳴ると戻っていった。
一か月くらい経ったころ、僕は初めて自分から口を開いた。
「なんで来るの」
「休憩」
「毎日?」
「毎日」
三崎は笑っていなかった。
「お前が辞めた日、おれ、何も言えなかったから」
「……」
「言えなかったから、来てる」
僕は、三崎の横顔を見た。
辞めた理由は、いまでもうまく言えない。速くなれないことが分かったから、というのは半分で、残りの半分は、たぶん自分でも見たくないものだった。
でも、あの非常階段で、三崎が毎日十分だけ隣に座っていたことは、はっきりと覚えている。
僕は結局、部には戻らなかった。
三崎は三年の秋まで走った。インターハイには届かなかった。
卒業式の日、三崎は「休憩、終わり」と言って、僕の肩を叩いた。
五時のチャイムが、遠くで鳴っていた。