離婚届は、冷蔵庫の上の菓子箱に入っている。
書き終えたのは去年の十一月で、証人の欄は夫の兄と私の姉が書いた。判子も押した。あとは市役所に持っていくだけだった。
持っていっていない。
八か月になる。
書いた日のことは、よく覚えている。
夫が「もういいだろ」と言って、私が「うん」と言って、二人でテーブルに向かい合って、鉛筆じゃなくてボールペンで書いた。書き終わって、夫が「明日、出してくる」と言った。
次の日、夫は出しに行かなかった。仕事が長引いたと言った。
その次の日は、私が「私が行く」と言って、行かなかった。頭痛がした。本当にした。
三日目からは、どちらも何も言わなくなった。
同じ家に住んで、同じ冷蔵庫を開けて、その上の菓子箱を、二人とも見ないようにしている。
台所に立つと、視界の端にある。夫が冷蔵庫の麦茶を取るとき、手が箱のすぐ下を通る。
箱の中身は、離婚届と、あと、いつかもらった結婚式の引き出物のカタログの控えが入っている。私は最近になって、それが同じ箱に入っていることに気づいた。誰が入れたのかは、わからない。
この八か月、私たちは、ケンカをしていない。
書く前は、月に一度は大きな声を出していた。書いたあとは、一度もない。
出す日を決めていないから、その日までは、と思って穏やかにしているのか。それとも、書いたことで何かが済んでしまったのか。
夫は、前より早く帰ってくる。
私は、前より夕飯を作っている。
どちらも、理由は言わない。
先週、姉から電話があった。
「あれ、出したの」
「まだ」
「まだって、何やってんの」
「わかんない」
「わかんないって……あんた」
姉は少し黙ってから、言った。
「出さないなら、破りなよ」
「うん」
「破るか、出すか、どっちかにしなよ」
「うん」
私はそれを、夫に言っていない。
今朝、冷蔵庫の上を見たら、菓子箱の位置が、少しずれていた。
夫が触ったのだと思う。
開けたのか、動かしただけなのか、わからない。中は見ていない。
私は箱の位置を、元に戻した。
夫がそれに気づくかどうかは、わからない。