家から駅までは、車で十二分だった。
十八の春、私は東京の専門学校に行くことになっていて、その朝、父が駅まで送ってくれることになっていた。母は仕事で、先に出ていた。
父は口数の少ない人で、私も父とはあまり話さなかった。中学からこっち、まともに会話した記憶がない。
だから、車の中で何を話せばいいのか、前の晩から考えていた。
考えて、決めた。
ひとことだけ言おう。「ありがとう」でいい。十二分あれば、どこかで言える。
荷物を積んで、車が出た。
父はラジオをつけた。交通情報が流れていた。国道の渋滞と、天気。
私は窓の外を見ていた。見慣れた道が、今日で最後、というほどではない。盆と正月には帰る。でも、この車に乗るのは、たぶん今日が最後に近い。
三分。
父は何も言わない。
私も何も言わない。
信号で止まった。父が咳払いをした。何か言うのかと思ったら、言わなかった。ラジオが、明日は晴れると言った。
六分。
国道に出て、車が少し速くなった。
私は「あのさ」と言おうとして、やめた。
言ったあとが続かない気がした。「ありがとう」の次に、何を言えばいいのか。父が「何が」と聞いたら、答えられない。何が、と言われたら、全部、としか言えない。全部、なんて言えない。
九分。
駅の看板が見えた。
父が言った。
「金、足りなくなったら言え」
「うん」
「言えよ」
「うん」
それが、父の言葉だった。私はその「うん」を、ありがとう、のつもりで言った。伝わったかどうかは、わからない。
十二分。
駅前のロータリーに車が止まった。
父はエンジンをかけたまま、トランクを開けた。私が荷物を出した。父は運転席から降りなかった。
「じゃあ」
「うん」
私は荷物を持って、改札に向かった。
振り返ったら、父の車はまだ止まっていた。父は前を見ていた。私を見てはいなかった。
改札を通って、ホームに上がって、そこからロータリーは見えなかった。
それから二十年になる。
父はまだ元気で、今も口数は少ない。私が帰ると、駅まで迎えに来る。十二分の車の中で、相変わらず、ラジオが交通情報を流している。
ありがとう、はまだ言っていない。
言おうと思えば、言える。もう十八ではないし、言ったあとが続かなくても、今なら平気だ。
でも、言っていない。
たぶん、あの日の十二分のなかに置いてきたまま、拾いに戻れずにいる。
次に帰ったときに、言うかもしれない。言わないかもしれない。
父の車は、今も同じ車だ。