中学の同窓会の案内が来た。
三十年ぶり、と書いてあった。三十年、と自分で数え直して、本当だった。
出るつもりはなかった。中学は、いい思い出がない。
でも、案内の下に幹事の名前があって、それが、片岡だった。
私は出席に丸をつけた。
片岡は、中学二年のとき、私を庇った。
庇った、というのは、たぶん本人は覚えていないくらいのことだ。
私が教室で、ある男子に、鞄の中身を床にぶちまけられたとき、片岡が「やめろよ」と言った。一回だけ。大きな声ではなかった。男子は「は?」と言って、それでも、やめた。
私は片岡に礼を言わなかった。言えなかった。恥ずかしかった。
片岡とは、その後もほとんど話さなかった。卒業して、それきりだった。
三十年、私はそのことを、たまに思い出した。
たまに、というより、けっこう思い出した。
同窓会は、駅前の居酒屋だった。
三十人くらい来ていた。顔と名前が、半分は一致しなかった。
片岡は、受付にいた。
太っていて、頭が薄くなっていて、でもすぐにわかった。
「おう」
と片岡は言った。私の名前を、覚えていた。
「久しぶり」
「久しぶり」
それだけで、片岡は次の人の受付に移った。
宴会の途中で、私は片岡の隣に座った。
ビールを注いで、少し話した。仕事のこと、子どものこと。片岡は工務店をやっていて、娘が二人いた。
私は、二年のときの話を、しようと思った。
あのとき、ありがとう、と。
言おうとして、言えなかった。
三十年前と同じだった。恥ずかしかった。今さら、と思われる気がした。
片岡は、私のことを、たぶんそんなふうには覚えていない。「あの子」くらいの記憶だと思う。
私にとっては三十年で、片岡にとっては、一回の「やめろよ」だ。
帰りぎわ、片岡が言った。
「また来いよ。次は五年後くらいにやるから」
「うん」
「元気でな」
「うん」
私は駅まで歩いて、電車に乗って、家に帰った。
言えなかった。
でも、出席に丸をつけて、行って、隣に座って、ビールを注いだ。
三十年前の私には、それもできなかった。
それで、いいことにした。
五年後に、また行くかどうかは、わからない。