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第1話 / 全1話

二百万円

人生図書館 · 928字 · 約2分

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 息子が捕まったと聞いたのは、水曜日の夜だった。

 警察からではなく、息子の友だちだという若い男から、電話があった。名乗らなかった。「お父さんですか」と言って、それだけを言って、切れた。

 次の日、弁護士から電話が来て、罪名を聞いた。

 私はそれを、妻に言うまでに、二日かかった。

 保釈金は、二百万円だった。

 弁護士は「ご用意できますか」と言った。

 できた。定期預金があった。妻と、老後のために積んでいたものだ。

 私は銀行に行って、解約した。窓口の女の人が「ご解約の理由を伺ってもよろしいですか」と言った。決まりで聞くのだと思う。私は「入り用で」と言った。女の人は、それ以上聞かなかった。

 二百万円を、封筒で受け取った。厚みが、思ったより薄かった。

 裁判所の窓口は、地下にあった。

 私は封筒を出して、書類を出した。

 窓口の男の人は、書類を見て、封筒の中を数えて、何も言わずに受領書を出した。

 私の顔を、一度も見なかった。

 それが、ありがたかった。

 見られたら、私は何かを言っていたと思う。すみません、とか、息子が、とか。言う必要のないことを。

 息子は、その日の夕方に出てきた。

 私は迎えに行かなかった。弁護士が「お父さんは来ないほうが」と言ったからだ。息子が嫌がる、ということだった。

 息子は、弁護士の車で家に帰ってきた。

 玄関で、私と目が合った。

 息子は何も言わなかった。私も何も言わなかった。妻が「ご飯、食べる?」と言った。息子は「いい」と言って、自分の部屋に入った。

 裁判は三か月後だった。

 執行猶予がついた。

 弁護士は「よかったですね」と言った。私は「はい」と言った。よかったのかどうかは、わからなかった。

 保釈金は、戻ってきた。

 二百万円。銀行の窓口で、私はそれをまた定期に入れた。同じ女の人だった。女の人は「ありがとうございます」と言った。私の顔を、覚えていなかったと思う。

 息子は今、働いている。

 私とは、ほとんど話さない。

 保釈金のことを、息子は知っているのかどうか、わからない。弁護士が言ったのかもしれないし、言っていないのかもしれない。

 私は、言っていない。

 言わないと決めたわけではない。ただ、言うと、何かが崩れる気がして、言えないでいる。

 二百万円は、定期預金に戻って、また少しずつ利息がついている。

この作品はここで完結です。

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