父が免許を返すと言い出したのは、電話の最後の三十秒だった。
「そういえば、返すことにしたから」
「何を」
「免許」
それで電話は切れた。父はいつも、一番大事なことを最後に、ついでみたいに言う。母が死んだときもそうだった。「あと、母さんが倒れた」と言って切った。
私は横浜から秋田まで、新幹線で四時間かけて帰った。妻には「三日で戻る」と言った。妻は「四日じゃない?」と言った。だいたい妻のほうが正しい。
実家は横手の外れで、最寄りのスーパーまで車で十五分ある。父は七十九で、去年、田んぼの脇の用水路に軽トラの前輪を落とした。けがはなかった。でも、その話を父は自分からしなかった。近所の佐藤さんが教えてくれた。
「お父さん、ちょっと危ないよ」
その「ちょっと」がどのくらいなのか、私は知らない。知ろうとしなかった、が正しい。
警察署の運転免許センターは、水曜日の午後で空いていた。
「本人が窓口に来てください」と言われて、私と父は並んで座った。父はスーツを着ていた。免許を返しに来るのに、スーツ。
「なんでスーツなの」
「役所だから」
書類を書くとき、父の字はひどく震えていた。私はそれを初めて見た。父の字は、子どものころに見た連絡帳のサインの記憶で止まっていた。角ばって、太くて、絶対に間違わない字。
窓口の若い職員が、免許証に穴を開けた。パチン、と音がした。
それだけだった。五十年以上運転してきて、最後はパチン、で終わりだった。
「お疲れさまでした」と職員が言った。父は「はあ」と答えた。
帰りに、運転経歴証明書というものをもらった。免許の代わりに身分証になるらしい。写真は昔のままで、父はそれを何度も見ていた。
「これ、髪、ある」
「あるね」
父は笑った。私は笑えなかった。