その夜、私は台所でカレーを温めた。
母の言うとおり、鍋に移して、弱火で。木べらで底をこすると、じゃがいもが崩れて、とろみが増した。
湯気の匂いを嗅いだとき、私は思わず声が出た。
これは、私が子どものころに食べていたカレーだった。市販のルーを二種類混ぜて、隠し味に林檎をすりおろす。甘くて、少しだけ辛い。中学生のとき、友だちの家のカレーがもっと大人っぽい味で、私は自分の家のカレーを「子どもっぽい」と言って、母を怒らせたことがある。
あれから母は、カレーの作り方を変えなかった。
私はひとりで、二人分のカレーを食べた。
食べながら、泣いた。悲しいからではなかった。ただ、母が私のために作って、私が来なくて、それでも捨てずに冷凍しておいた、その時間の長さを思ったら、涙が出た。
母は、五月の終わりに退院した。
左手はまだ思うように動かない。それでも台所に立つと言って聞かないので、私は椅子を流しの前に置いた。
母が座って玉ねぎを切り、私が立って炒める。
「もっと弱火」
「はいはい」
「林檎、忘れないでよ」
「分かってる」
とん、とん、という音が、台所に戻ってきた。
前と同じ音ではない。少し遅くて、少し弱い。
でもそれは確かに、母の台所の音だった。