母のリハビリは、思っていたよりずっと地味だった。
手すりにつかまって、五メートルを歩く。それだけのことに、二十分かかる。理学療法士の若い男の人が、「いいですね、いいですね」と繰り返す。母はそのたびに、かすかに笑った。
私はその横で、スマホを握りしめて立っていた。会社からのメールが溜まっていく。返さなければ、と思う。でも、母が一歩を踏み出すたびに、画面から目が離れた。
「あんた、仕事は」
三週間目に、母が初めてはっきりとそう言った。左の口元が少し下がったままの、慣れない話し方だった。
「休んでる」
「帰りなさい」
「もう少しいる」
「……カレー」
「え?」
「冷蔵庫の。食べた?」
私は首を振った。母は、ふん、と鼻を鳴らした。それは怒っているときの母の癖で、私はなぜだかとても安心した。
「あれ、あんたが帰ってくると思って作ったの。三月に電話くれたでしょ。来月行くって。来なかったけど」
私は何も言えなかった。三月の終わりに、確かにそう言った。仕事が立て込んで、そのまま四月になった。
「冷凍しといたから、まだ食べられる」
「……うん」
「ちゃんと温めなさいよ。レンジだと真ん中が冷たいから、鍋で」
母は、こういうときにいつも、料理の話をする。