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第1話 / 全2話

茶箱の底

人生図書館 · 623字 · 約1分

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 祖父が死んで、四十九日が過ぎたころ、母と二人で祖父の部屋を片付けた。

 茶箱の底に、封筒が一つあった。

 中に入っていたのは、藁半紙に鉛筆で描かれた地図だった。何枚も重ねて、ところどころ破れている。

 地図には、長方形がいくつも並んでいて、一つ一つに番号が振ってあった。端のほうに小さく、「第七分所」と書いてある。

 母は、それを見て、「ああ」と言った。

「おじいちゃん、シベリアにいたのよ」

 私は初めて聞いた。

 祖父は、私が知る限り、戦争の話をしたことがなかった。八月になってテレビで特集が流れると、黙ってチャンネルを変えた。それだけだった。

 地図の裏には、名前が書いてあった。

 三十二人分。名前と、出身地と、そして、日付。

 ほとんどの名前の横に、日付があった。

 母が言った。

「亡くなった日、じゃないかしら」

 私は、その名前をひとつずつ読んだ。

 佐藤、山形。昭和二十一年一月。

 田中、新潟。昭和二十一年二月。

 鈴木、長野。昭和二十一年二月。

 最後の名前だけ、日付がなかった。

 祖父の名前だった。

 私は、その地図を持ち帰った。

 仕事の合間に、少しずつ調べ始めた。第七分所がどこにあったのか。三十二人の名前の中に、まだ生きている人、あるいはその家族がいるのか。

 祖父は、なぜこれを描いたのだろう。

 なぜ、誰にも見せずに、茶箱の底に入れておいたのだろう。

 そして、なぜ、捨てなかったのだろう。

 私はまだ、その答えを知らない。

 ただ、祖父が三十一人の名前を、忘れないために書いたのだということだけは、分かる。