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第2話 / 全2話

三十一人のうちの一人

人生図書館 · 824字 · 約1分

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 地図の裏に書かれた三十二人の名前のうち、私は一人を探し当てた。

 探し当てた、というのは大げさで、県の遺族会に問い合わせたら、名簿に同じ名前と出身地の人がいた。それだけだ。

 鈴木、長野。昭和二十一年二月。

 名簿には、その人の息子さんの連絡先が載っていた。八十を過ぎている、と遺族会の人は言った。

 電話をかけるまでに、一週間かかった。

 何と言えばいいのか、わからなかった。「あなたのお父さんの名前が、私の祖父の地図の裏に書いてあります」。言ってみると、変な話だった。

 かけた。

 出たのは、その人だった。耳が遠くて、三回、名前を言い直した。

「鈴木さん、ですか。長野の」

「ああ、そうです」

「私の祖父が、シベリアで――」

 そこまで言って、電話の向こうが、静かになった。

 長い沈黙のあと、その人は言った。

「親父の話をする人は、もう、いないと思ってた」

 二週間後、私は長野に行った。

 その人の家は、りんご畑の中にあった。

 私は地図のコピーを持っていった。裏の名前の欄を、その人は老眼鏡をかけて、長いあいだ見ていた。

「これ、親父の字じゃないですね」

「祖父が書いたんです」

「ああ、そうか。そうですね」

 その人は、自分の父親の顔を、覚えていないと言った。父親が出征したとき、二歳だった。

「写真が一枚だけあって。それだけです」

 と言って、仏壇から写真を持ってきた。軍服の若い男の人だった。

 私は、祖父の若いころの写真を持ってきていなかった。持ってくればよかった、と思った。

 帰りぎわ、その人がりんごを箱で持たせてくれた。

「持って帰ってください。親父のことを、覚えててくれた人に」

 覚えていたのは、私ではなくて祖父だ。私はそう言おうとして、やめた。

 祖父が茶箱の底に地図を入れて、私がそれを見つけて、ここに来た。それは、祖父が覚えていたのを、私が引き継いだということでいいのかもしれない。

 りんごは、重かった。

 残りは三十人。

 全員を探せるとは思っていない。

 ただ、一人見つかった。それで、もう少し続けようと思った。

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