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第1話 / 全3話

公園のベンチ

人生図書館 · 738字 · 約1分

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 会社がなくなったのは、火曜日だった。

 朝礼で社長が頭を下げて、それで終わりだった。十二年いた会社が、五分で終わった。

 その日、僕は妻に言えなかった。

 水曜日も言えなかった。

 木曜日の朝、僕はスーツを着て、いつもの時間に家を出た。駅まで歩いて、改札の手前で足が止まった。行くところがなかった。

 駅の裏の公園に、ベンチがあった。

 僕はそこに座って、鞄から履歴書を出した。ハローワークで貰ったものだ。名前を書いて、住所を書いて、学歴を書いて、職歴の欄で手が止まった。

 「株式会社〇〇 入社」

 「同社 倒産により退職」

 三十六歳の職歴が、二行で終わった。

 公園には、毎日同じ人がいた。

 犬を連れた老人。ベビーカーの母親。昼になると、近くの工事現場の人たちが弁当を食べに来る。

 僕は九時から五時まで、ベンチにいた。履歴書を書いて、求人を見て、応募して、断られた。三十六歳、という数字が、思っていたよりずっと重いことを知った。

 昼は、公園の向かいのパン屋でパンを一個買った。二百円のカレーパン。店主はいつも「ありがとうございます」としか言わなかった。それがありがたかった。

 三か月目の月曜日、そのパン屋のドアに紙が貼ってあった。

 「アルバイト募集 早朝4時〜 時給1,100円」

 僕はその紙を、しばらく見ていた。

 カレーパンを買うとき、店主が言った。

「見てました? あれ」

「……はい」

「うち、朝が大変で。年寄りだから、四時起きがきつくなってきて」

 店主は六十を過ぎているように見えた。

「スーツの人には、頼めないですよね」

 僕は、自分のスーツを見た。

 三か月、毎日着ていた。もう膝のあたりが少し光っている。

「……できます」

 自分の声が、思ったより大きかった。

「四時、起きられます」

 店主は少し驚いた顔をして、それから笑った。

「じゃあ、明日から」