会社がなくなったのは、火曜日だった。
朝礼で社長が頭を下げて、それで終わりだった。十二年いた会社が、五分で終わった。
その日、僕は妻に言えなかった。
水曜日も言えなかった。
木曜日の朝、僕はスーツを着て、いつもの時間に家を出た。駅まで歩いて、改札の手前で足が止まった。行くところがなかった。
駅の裏の公園に、ベンチがあった。
僕はそこに座って、鞄から履歴書を出した。ハローワークで貰ったものだ。名前を書いて、住所を書いて、学歴を書いて、職歴の欄で手が止まった。
「株式会社〇〇 入社」
「同社 倒産により退職」
三十六歳の職歴が、二行で終わった。
公園には、毎日同じ人がいた。
犬を連れた老人。ベビーカーの母親。昼になると、近くの工事現場の人たちが弁当を食べに来る。
僕は九時から五時まで、ベンチにいた。履歴書を書いて、求人を見て、応募して、断られた。三十六歳、という数字が、思っていたよりずっと重いことを知った。
昼は、公園の向かいのパン屋でパンを一個買った。二百円のカレーパン。店主はいつも「ありがとうございます」としか言わなかった。それがありがたかった。
三か月目の月曜日、そのパン屋のドアに紙が貼ってあった。
「アルバイト募集 早朝4時〜 時給1,100円」
僕はその紙を、しばらく見ていた。
カレーパンを買うとき、店主が言った。
「見てました? あれ」
「……はい」
「うち、朝が大変で。年寄りだから、四時起きがきつくなってきて」
店主は六十を過ぎているように見えた。
「スーツの人には、頼めないですよね」
僕は、自分のスーツを見た。
三か月、毎日着ていた。もう膝のあたりが少し光っている。
「……できます」
自分の声が、思ったより大きかった。
「四時、起きられます」
店主は少し驚いた顔をして、それから笑った。
「じゃあ、明日から」