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第2話 / 全3話

四時のパン屋

人生図書館 · 587字 · 約1分

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 四時にパン屋に行くには、三時に起きなければならない。

 妻には、「新しい部署で早番になった」と言った。嘘は、もう一つ増えた。

 店主の名前は、真田(さなだ)さんといった。奥さんと二人で三十年、この店をやっているという。

「まず、粉を計るところから」

 パン屋の朝は、静かだった。

 オーブンの音と、生地を叩く音しかしない。真田さんはほとんど喋らなかった。僕はその横で、言われたとおりに粉を計り、水を量り、生地を分けた。

 七時に店が開くころ、僕は汗だくだった。

「センスは無いけど、手は丁寧」

 真田さんはそう言って、焼きたてのカレーパンを一個くれた。

 僕はそれを、公園のベンチで食べた。

 自分が計った粉で作ったパンだった。

 うまかった。三か月で初めて、うまいと思って食べた。

 二週間経ったころ、妻が言った。

「最近、朝、小麦の匂いがする」

 僕は、箸を止めた。

「スーツからも」

 妻は僕を見ていた。責める目ではなかった。ただ、待っている目だった。

 僕は、話した。

 火曜日のことも、公園のことも、履歴書の二行のことも、四時のパン屋のことも、全部。

 妻はしばらく黙っていて、それから言った。

「カレーパン、買ってきてよ」

「え」

「食べてみたい。あなたが作ったやつ」

 僕は、泣かなかった。泣きそうだったけど、泣かなかった。

「……明日、持って帰る」

「うん」

 次の朝、三時に起きたとき、部屋の電気がついていた。

 妻が、台所で弁当を作っていた。